京塚昌子は若い頃痩せていた?性格にまつわるエピソード【肝っ玉かあさん】

京塚昌子

昭和後期を代表するお母さん女優としてテレビドラマや映画、舞台などで活躍した京塚昌子さん。ふくよかな体系で割烹着が似合う姿が印象的でした。

今回は「京塚昌子は若い頃痩せていた?性格にまつわるエピソード【肝っ玉かあさん】」と題して記事をお届けします。

この記事でわかること

・京塚昌子の若い頃について。

・京塚昌子の性格について。

・京塚昌子の晩年。

Sakura
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是非さいごまで楽しんでご覧ください!

京塚昌子の若い頃

出典:X

京塚昌子さんは舞台や映画などでも活躍していましたが、1968年のホームドラマ肝っ玉かあさんの大正五三子(たいしょういさこ)役が大当たりして、それ以降の1970年代はホームドラマのトップスターになりました。

『肝っ玉かあさん』では蕎麦屋を切り盛りする母親役を演じて、それ以降は「日本を代表するお母さん女優」として割烹着の似合う母親役のイメージが定着しました。

ふくよかな体型のイメージが強い京塚昌子さんですが、「若い頃は痩せていたらしい」「若い頃はスレンダー美人だったらしい」などの噂があります。

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京塚昌子さんは若い頃本当に痩せていたのでしょうか?若い頃の画像を探してみました。

若い頃の画像と痩せていたエピソード

出典:Google

何歳頃の京塚昌子さんかはわかりませんが、肝っ玉かあさんの頃と比べると痩せていらっしゃいますね。古い画像なので見えづらいですが真ん中の写真が一番痩せているように見えます。

出典:新派演劇パンフレット

こちらの画像は京塚昌子さんが27歳の時の写真です。昭和32年に出演した演劇のパンフレットに掲載された京塚昌子さんの画像です。

27歳の頃には肝っ玉かあさんくらいの体型にはなっていたようなので最初の上のほうの写真は20代前半の頃の写真になるのかなと思います。

痩せていたとされる「徹子の部屋」での証言

1994年に放送された京塚昌子さんを偲ぶ追悼回の「徹子の部屋」で京塚昌子さんと若い頃から親交のある女優の山岡久乃さんが京塚昌子さんが若い頃痩せていたことについて話されていました。

まだ京塚さん10代でしょうけど、その頃京塚さん痩せてて、舞妓さんとか子役とか、細い細い女優さんでしたけどね

徹子の部屋

10代の頃の京塚昌子さんを知る山岡久乃さんによると、舞子さんや子役を演じていたようなので上の20代の頃の画像よりさらに痩せていたんでしょうね。

残念ながら10代の頃の京塚昌子さんの写真は見つかりませんでしたが、もし見つかったら追記で載せたいと思います。

体重が増えていった理由

10代の頃は舞子さんや子役を演じていたような細い細い女優さんだったのですが、22歳の時に盲腸の手術をした時に投与された薬でホルモンが異常になって太りやすい体質にかわってしまったそうです。

「たった一本の何かでそうなっちゃったのよ」

と太りやすい体質になったことを説明していたことも「徹子の部屋」で黒柳徹子さんが話されていました。

盲腸の手術時は約70年前の話なので、今では使用できないような副作用のある医療薬が使用されることがあったのかもしれませんね。

性格にまつわるエピソード

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京塚昌子さんを調べていると「性格」や「性格悪い」という言葉で検索されているのですが、実際の京塚昌子さんの性格はどのような感じだったのでしょうか?「性格悪い」と言われてしまう理由などについて調べて見ました。

杉田かおるに大激怒

女優の杉田かおるさんが激動の半生を綴った「すれっからし」という本の中で書かれていた京塚昌子さんについてのエピソードによって「性格が悪い」と言われるようになってしまいました。

山盛り食堂」という作品で京塚昌子さんと杉田かおるさんは共演されたのですが、子役の杉田かおるさんが京塚昌子さんに抱きつくシーンで、お腹の肉を掴んでしまったことで京塚昌子さんが激怒して、杉田かおるさんは役を降板することになってしまったことが本に書かれていたので、そこから京塚昌子さんの性格が悪いという噂が出てしまいました。

実際にあったことなのかもしれませんが、一方的に杉田かおるさんの本に書かれているであって、本が販売された時にはすでに京塚昌子さんは亡くなっているので、本に書かれている情報だけで性格まで判断はできないのではないかな?と思います。

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本人が語った性格にまつわるエピソード

京塚昌子さんは本人自ら「アタイはね、いい人なんかじゃないの、腹黒お昌よ」と自分の性格のことを「腹黒い」として公言していたそうです。

ただそれは本人自ら言っていることですし、実際には裏では共演者にお守りを配って回って共演者を気遣ったり、『肝っ玉母さん』で娘役をしていた沢田正美さんは「初めての舞台で緊張していることを聞いて、同じ楽屋にしてくださった」と京塚昌子さんの優しいエピソードなどもあります。

本に書かれたエピソードだけで性格が悪いとされてしまうのはあまり良いことではないですね。

京塚昌子の晩年とまとめ

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1970年代から1980年代にかけてお母さん役で活躍した京塚昌子さんですが、1983年に病に倒れました。

倒れた原因は脳梗塞と診断されましたが、70年代から患っていた糖尿病が原因で脳梗塞になられてそうです。

食事制限やリハビリをして84年から85年には一時的に仕事に復帰を果たしましたが86年に症状が悪化して事実上の芸能界引退状態となり、その後リハビリにも励みましたが徐々に体力は低下していき11年間の闘病生活を経て1994年に静かに息を引き取りました。

今回は「京塚昌子は若い頃痩せていた?性格にまつわるエピソード【肝っ玉かあさん】」と題して記事をお届けしました。

Sakura
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